楽天グループの「死の商人」宣言を受けて、SNSのタイムラインでは解約宣言が今日も並んでいます。企業の方針や社会的な不祥事に対して、不買運動を行ったりSNSで激しい抗議の声を上げたりすること。それ自体は一つの意思表示であり、否定されるべきものではありません。しかし、少し立ち止まると、現代の資本主義の構造上、不買運動によって最初に深刻な締め付けを食らうのは、その企業の経営陣ではなく、現場で働く非正規雇用者や下請け業者といった、もっとも立場の弱い人たちです。
「そのような企業に勤めていること自体に問題がある」と批判する声もあるのでしょうが、現在の生活コストと雇用環境の中で、多くの人々は日々の生活を維持するだけで精一杯であり、職場を自由に選べるほどの余裕などありません。
さらに言えば、一般には「強者」と見なされている資本家や経営者たちも、決して絶対的な自由を享受しているわけではありません。すべてが市場化された環境下では、常に競合からの淘汰圧や敵対的買収の脅威に晒されています。そもそも日本国内の多くの上場企業は株主構成において「外資」化しているし、彼らが利益を過剰に追い求め続ける背景には、強欲さだけでなく、「自社と雇用を守るためには成長を止められない」という切実な防衛本能が存在しています。もう一言加えるなら、いまの日本のダメさ加減はその「資本家」たちのみを守り、生活者の声に一切応えないことに起因します。
国家間の対立や軍備拡張も同様です。軍需産業や特定の勢力が利益を画策する側面があるにせよ、政策決定の根底には「国民を守らなければならない」という重圧と恐怖があります。善意や防衛意識から始まった軍備増強が、結果として緊張を高め、破滅的な衝突を引き起こしてしまうのです。
ゼロサムゲームを生み出す「お金と市場」の力学
現代の金融システムにおいて、通貨の多くは「誰かの借金(利子付き債務)」を通じて市場に供給されます。市場全体に存在するお金の総量に対して、常に「元金+利子」の返済が求められるため、原理的にすべての人や組織が同時に借金を完済することはできません。この構造は、必然的に誰かが誰かのお金を奪わなければ生き残れない「ゼロサムゲーム」を生み出します。
ゲームの根本ルールが奪い合いである以上、その中で生き延びようとする大多数の個人や団体は、利己的かつ防衛的にならざるを得ません。
無数の個人や組織が、それぞれの限られた視野の中で必死に生存を図ろうとした結果の集積が、現在の世界の姿です。世界は「善と悪」や「正義と不正義」といった単純な二元論で動いているのではなく、生身の人間たちが抱える不安、恐怖、欲望、そして守りたいものへの愛という複雑な感情と、それを駆り立てるシステムによって動いています。それを変える道筋が必要です。
ニューヨーク市政に見る「仕組みの再設計」:ゾーラン・マムダニの挑戦
個人の倫理や企業のモラルに変化を迫るのではなく、「人が生きるための前提となる仕組み」そのものを再設計しようとする試みは、海外の行政現場でも始まっています。その代表例が、米ニューヨーク市で展開されているゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)市長による政策群です。
マムダニ氏は、高騰する生活費(コスト・オブ・リビング)に苦しむ市民に対し、民間企業を道徳的に非難するのではなく、生活防衛のインフラを公的に構築するアプローチをとっています。
具体的には、以下のような施策が現在進行形で進められています。
- 市営食料品スーパー(公設公営・官民連携モデル)民間スーパーの価格引き下げ努力に依存するのではなく、市が補助金や公有スペースを活用して食料品店を設置し、生鮮食品や肉・乳製品などの主要品目を30%割引で提供する計画を推進しています。
- 家賃値上げの凍結と社会住宅の拡充過熱する不動産市場から生活の基盤である住居を切り離すため、家賃安定住宅の賃料凍結や、ウィーンの社会住宅モデルを参考にした公的住宅の建設を進めています。
- 市内バスの完全無料化と保育の無償化 移動手段や育児といった生活必需コストを無償化することで、低所得層の生活基盤を安定させ、不毛な生存競争の圧力を根本から緩和しようとしています。
これらの政策は、財源確保や運営の持続可能性を巡る議論が絶えないものの、「個人の善意や企業の譲歩を求めるのではなく、生活の基礎部分を市場の過剰な競争からデ・コモディティ化(非商品化)する」という、仕組みそのものへのアプローチを示しています。
もちろん、こうした「仕組みの再設計」に対しては、経済学者や都市政策の専門家から強い批判や懸念も寄せられています。
- 財政負担とインフレへの追従限界市営スーパーによる30%割引は、流通コストそのものを下げるのではなく差額を公金で補填する側面が強いため、世界的なインフレや原材料高騰が起きた際に市の財政負担が急膨張するリスクが指摘されています [Vital City Analysis]。
- 既存の民間中小事業者との摩擦公的資金で安売りを行う店舗の進出は、税金を納めながら薄利で営業している近隣の個人商店や地元スーパー(ボデガ)の経営を圧迫し、地域経済を歪めるという反論があります [City Journal Report]。
- 価格規制がもたらす供給側の歪み家賃凍結などの価格統制は、短期的な生活防衛になる一方で、中長期的には家主の物件維持意欲を削ぎ、新規住宅供給を停滞させるという経済学的な課題も根強く存在します [The Times of India Analysis]。
これらの議論が示すのは、単に「善意の政策を導入すればすべてが解決する」わけではないという現実です。個人の道徳を責めるアプローチから「仕組みの変更」へと舵を切る場合であっても、今度は「その新しいルールが別の歪みやゼロサムゲームを生み出さないか」という構造自体の検証が常に求められます。
「仕組みを知れば、敵はいなくなる」という認識の転換
通貨発行の仕組みから各種の法制度、商慣習に至るまで、社会を動かしている構造を理解すればするほど、目の前の事象が単純な善悪で片付けられないことに気づかされます。
仕組みを知るとは、「敵をなくす」ための認識の技術です。
目の前で問題を起こしている相手も、過酷なルールの中で生き残ろうと必死にもがいている等身大の人間に過ぎません。特定の誰かを責め立てたり、外側に向かって自分の正しさを主張したりしても、それは本質的な解決には至りません。他者を糾弾する強い感情は、むしろ人々を衝き動かしている根本的なルール(仕組み)の存在を覆い隠してしまいます。
いま目の前に現れる社会問題の本質とは、外側にいる「悪者」ではなく、私たち人間の中にある恐怖や不安、欲望といった防衛反応と、その反応を増幅させてしまう制度や思い込みの構造にあるのではないですか。
外側の事象に振り回されず、「魂のアライメント」を整える
変化を起こすために本当に必要なのは、外側の特定の企業や個人を攻撃することではありません。外側の敵を叩くことに意識を奪われている限り、自分の内側にある恐れや反応パターンに向き合うことはできず、問題の本質から遠ざかってしまいます。
もちろん、誰かを批判したり運動に参加したりすることも、一つの経験として何かに気づく契機にはなるでしょう。しかし、時代の潮流はすでに「外側の事象にどう反応するか」から、「自分自身がどうあるか」という内面の軸を整える段階へと移行しています。
外側の変えられない事象に怒りやエネルギーを浪費するのではなく、仕組みの全体像を冷静に把握した上で、自らの魂とのアライメント(真っ直ぐに構えること)を保つこと。そして、自らの生活や仕事の現場において、無用な摩擦を減らし、自律的で持続可能なあり方を実践していくことこそが、確実で本質的な変化をもたらすのだと強い意志を持ってそう思うのです。
それは、いま新しい技術が拡がり大きく社会が変わるかもしれないと多くの人たちが自覚し、産業の構造変化も表れ始めているこのときに、内なる自分に問いかけるべき言葉なのではないかと思うのです。
そのとき、私たちは私たちの「正義」を自ずと自覚するはずです。
ICC国際刑事裁判所・所長赤根智子さんを守ろう!トランプ政権は制裁をやめてください
まったく同根の問題。
「支配される側」から、仕組みを「所有する側」へ。
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