韓国tvNが制作し、Netflixを通じて世界配信されているドラマ『100日の嘘』が、日本国内の視聴ランキングでも上位に入るなど強い関心を集めている。
物語の舞台は1932年、日本の植民地支配下にあった京城(ソウル)。主人公のスリ、イ・ガギョン(キム・ユジョン)は、独立運動組織「救国団」の密偵となり、身分を偽って朝鮮総督府に通訳生として潜入する。そこで彼女が対峙するのは、総督府の政務総監・佐藤真一(チン・ソンギュ)の養子として、支配者側の論理と同化を迫られながら内面に葛藤を抱えるキム・テウン(パク・ジニョン)である。
本作が単なるスパイ・サスペンスや通俗的なロマンスにとどまらないのは、その背景に刻まれた歴史の傷口を直視している点にある。劇中では、1919年の三・一独立運動に対する過酷な報復として知られる「堤岩里事件」の記憶や、皇民化を進める「内鮮一体」の圧殺的な空気が随所に織り込まれている。自らの出自を隠し、偽りの身分で生きる登場人物たちの「嘘」は、支配と従属を「共栄」と言いくるめた当時の総督府統治そのものが抱えていた構造的虚構を鏡のように映し出している。
明治日本の「世界分割ゲーム」参入――帝国主義の標準規格
『100日の嘘』が描く1932年の状況を理解するためには、日本が明治維新以降、いかなる軌跡をたどってこの地点に行き着いたのかを検証しなければならない。
19世紀末、世界は欧米列強による露骨な帝国主義の分割支配に覆われていた。アフリカ大陸において自主的な独立を保ち得たのはエチオピアとリビアのみであり、全土が英仏独伊などの軍事力によって境界線を引かれ、切り刻まれていった。この「世界分割ゲーム」こそが、当時の国際政治における実質的な世界標準(グローバル・ルール)であった。
幕末の不平等条約体制を脱し、近代国民国家としての生存を図った明治日本は、まさにこの列強のゲーム規則を内面化し、追従する道を選んだ。日清戦争(1894〜1895年)の勝利は、日本が東アジアにおいて帝国主義のプレイヤーとして承認された契機であったが、同時にそれは資本主義市場の拡張と軍事対立の連鎖から逃れられない「世界帝国のルール」に身を投じることを意味していた。
下関条約直後に突きつけられた露仏独による「三国干渉」(1895年)は、列強による東アジア分割の土俵が本格化した証左であった。遼東半島の返還を強いられた日本社会は煮え湯を呑まされ、国内には史上初めてとも言える「怒号のナショナリズム」が吹き荒れた。政府が掲げた「臥薪嘗胆」のスローガンは、単なる耐乏の誓いではない。列強に対抗しうる軍備を整え、次なる分割競争において「お隣りさん(東アジア)」に歯牙を向け、生存圏をもぎ取るための国家動員の合言葉となったのである。
明治40余年をかけた朝鮮半島支配――日本の「帝国主義化」の正体
三国干渉以降の日本の対外政策は、朝鮮半島の支配権確保へと一本化されていく。その過程は、外交的妥協ではなく、軍事的謀略と主権の簒奪の連続であった。
1895年、駐朝公使・三浦梧楼らが首謀した「閔妃殺害事件」は、宮廷のクーデターを画策した暴挙であったが、結果として朝鮮国内の親露派台頭と高宗王のロシア公使館逃亡(俄館播遷)を引き起こし、日本の立場をかえって窮地に追い込んだ。義和団事件(1900年)を経てロシアが満州を軍事占領すると、小村寿太郎駐露公使は「満州と朝鮮をセットにし、相互の権益を取引する」という「満韓交換」論を展開する。他国の主権を列強間のディールの材料として計量する思考そのものが、帝国主義外交の冷酷な本質であった。
1902年の日英同盟締結を経て、ロシアとの対決姿勢を固めた日本は日露戦争(1904〜1905年)へと突入する。辛勝の末に結ばれたポーツマス条約において、日本が手に入れた実質的な成果とは何だったのか。南満州鉄道の利権を獲得したものの、それは後にアメリカとの軋轢を生む禍根となった。巨額の戦費と十数万の死傷者を出した二つの対外戦争を経て、日本が最終的に獲得した最大の成果は、ひたすら「韓国併合」を完遂することだけであった。
1910年(明治43年)、日韓併合条約が調印された。明治維新から数えて42年。歴史の推移を俯瞰すれば、明治日本とは四十数年の歳月を費やし、ひたすら朝鮮半島の植民地化に向かって突進し続けた国家であったと言わざるを得ない。
統治の過程では、「併合」や「保護国化」という欺瞞に満ちた政治的造語が用いられ、国内言論においては「日鮮同祖論」「日韓合邦論」「天皇赤子慈愛論」といった、支配を正当化するための言説が量産された。しかし、いかに恩恵や同化の美辞麗句で飾ろうとも、実態は軍事力を背景とした主権の強奪であった。その抑圧に対する朝鮮民衆の根源的な拒絶が、1919年の「三・一独立運動」であり、日本軍による「堤岩里事件」に象徴される過酷な弾圧であった。ドラマ『100日の嘘』が描く1932年の京城とは、この明治40余年にわたる暴力的な帝国主義化の延長線上に打ち建てられた、極めて危うい統治空間なのである。
満州事変と「満州国」建国(1932年)――連鎖する侵略の破局
日露戦争後、米国の鉄道王ハリマンによる満鉄共同経営の提案を日本が一方的に破棄したことは、大陸権益を自国のみで独占しようとする孤立化の道を決定づけた。その権益防衛の論理は、やがてさらなる軍事侵略を呼び寄せる暴走装置へと転化する。
1931年(昭和6年)9月18日、関東軍は奉天郊外で自ら満鉄線路を爆破(柳条湖事件)し、それを中国軍の破壊工作と偽って軍事侵攻を開始した(満州事変)。政府の不拡大方針を完全に無視した現地の軍部独断による軍事行動は、わずか数カ月で全満州を制圧するに至る。
そして迎えた1932年3月1日、清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を担ぎ出し、「満州国」の建国が宣言された。「五族協和」「王道楽土」という理想郷のスローガンが喧伝されたが、その実態は軍政部と関東軍が実権を握る傀儡国家に他ならなかった。
朝鮮半島を「生命線」として併合した日本は、その朝鮮を守るための防壁として満州を求め、満州を確保すればさらにその外側へと「防衛限界線」を押し広げていく――安全保障の名の下に行われた領土と権益の拡大は、決して止まることのない軍事エスカレーションの罠に陥っていた。
国内においても、1932年5月15日に起きた海軍青年将校らによる五・一五事件によって犬養毅首相が暗殺され、大正デモクラシーが育んだ立憲政党政治は息の根を止められた。対外侵略の加速と国内民主主義の圧殺は表裏一体であり、国家全体が全体主義の暗雲へと呑み込まれていった年、それが1932年である。ドラマの中でイ・ガギョンやキム・テウンが息を潜めて歩く京城の街並みは、国際連盟脱退と破滅的なアジア・太平洋戦争へとひた走る、大日本帝国の臨界点そのものであった。
言論の翼賛と「時代閉塞の病状」――内村鑑三・幸徳秋水の「非戦」
明治から昭和初期に至る帝国主義の暴走を許したのは、軍部や政治家だけではない。世論を煽り立て、侵略を後押ししたメディアと知識人の責任もまた重い。
日露開戦の前夜、「東京朝日新聞」や「読売新聞」などの有力紙は一斉に対露強硬外交を叫び、東京帝国大学の教授陣は「七博士意見書」を提出して開戦を正当化した。講和条約が結ばれた際、賠償金が得られないことに憤激した民衆が日比谷焼き打ち事件を起こし、戒厳令が敷かれる事態となったのは、メディアによって醸成された好戦的ナショナリズムが大衆自身を呑み込んだ結果であった。
この熱狂の渦中にあって、石川啄木は明治末期の空気をこう詠んだ。
地図の上 朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く
他国の領土を塗りつぶし、大国となったはずの祖国が迎えていたのは、誇りではなく「時代閉塞の病状」と彼が呼んだ精神の窒息であった。個人の自由や倫理を犠牲にして拡大した帝国は、その内部から腐食を始めていたのである。
特筆すべきは、日露開戦の狂騒の中で異を唱えた内村鑑三や幸徳秋水の立ち位置である。当時の彼らが掲げたのは、単なる対症療法としての「反戦」ではなく、根本的な国家の姿勢としての「非戦」であった。
「反戦」が特定の戦争や開戦という目前の軍事行動に対する批判・反対運動にとどまりがちであるのに対し、「非戦」とは、国家が安全保障や国益実現の手段として戦争という選択肢を最初から完全に放棄し、排除する思想的態度である。列強の用意した「世界分割ゲーム」のルールに屈服し、軍事力による威嚇と拡張の果てに自滅していった歴史を顧みるならば、この「非戦」の思想こそが、帝国主義の宿命を断ち切る唯一の脱回路であったことが理解できる。
いま、「新しい戦前」の只中で、いま「非戦」を選ぶ理由
現在、日本社会を覆う空気に対して「新しい戦前」という警鐘が鳴らされている。この言葉は、単なる修辞的警告として片付けられるべきではない。
周辺地域の地政学的脅威が声高に叫ばれ、防衛予算の倍増と敵基地攻撃能力の保有が既成事実化され、異論を唱える言説が「現実を見ていない」と冷笑される現代の光景は、明治後期から1930年代にかけて日本が辿った心理的経路と驚くほど酷似している。
歴史の教訓が教えるのは、戦争は必ず「自衛のため」「秩序の維持のため」という最もらしい大義名分を掲げて始まるという事実である。明治日本が日清・日露の戦いに挑み、朝鮮を併合し、満州国をでっち上げた論理も、すべては「過酷な国際環境下で主権を守るためのやむを得ない選択」として正当化された。しかし、軍事力によって防衛線を押し広げようとする試みは、際限のない緊張と敵意を生み出し、最終的には国家と市民のすべてを焼き尽くす破滅をもたらした。
『100日の嘘』というフィクションが、今を生きる私たちに突きつける問いは重い。自らのアイデンティティを奪われ、制度の「嘘」に従属することを強いられた人々の苦難は、国家が帝国主義的な軍事力競争に邁進したときに支払わされる代償の大きさを物語っている。
武力による抑止という名の際限のない軍拡競争に付き従うことは、かつて明治の指導者たちが陥った「世界分割ゲーム」の愚行を反復することに他ならない。いま必要なのは、開戦の危機に際して受動的に反対を叫ぶ「反戦」にとどまらず、国家が武力による問題解決という選択肢そのものを恒久的に拒絶し、外交と対話、多元的な市民的連帯によって安全を構築する「非戦」の原則を、揺るぎない覚悟をもって貫くことである。
歴史の過ちを二度と繰り返さないための唯一の防壁は、過去の侵略と支配の構造を冷徹に見つめ直し、力による支配の論理から根本的に降りる「非戦」の意志を、いま明確に示すことにある。
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