〜マックルモアの声明が解体した「中立」の欺瞞〜
世界的ポップスターであるエド・シーランのスタジアムツアーから、オープニングアクトを務めていたラッパーのマックルモアが突如として外された。発端となったのは、マックルモアがパレスチナ連帯の姿勢を公然と表明し、イスラエルによるガザ侵攻を告発する楽曲『HIND’S HALL』を発表するなど、明確な抗議行動を継続していたことにある。
SNSが瞬時に二極化し、相手を即座に糾弾・排除するキャンセルカルチャーが吹き荒れる中、ツアー降板後にマックルモアが発表した声明は、多くの人々の予想を裏切るものであった。そこにあったのは、エド・シーランに対する報復や人格攻撃ではなく、直接の対話を通じた「敬意ある異議申し立て」の記録であった。
マックルモアは、巨大な商業的圧力と複雑な利害関係の中でエドが深刻な板挟みとなり、これまで保ってきた「ノンポリ(脱政治的)姿勢」を維持できなくなった苦境に深い理解を示す。その上で、彼は冷徹にこう宣言した。

「しかし、抑圧者と被抑圧者の間に“中立”は存在しない」
相手を「敵」として悪魔化することなく、関係性を維持したまま、絶対に譲れない原理原則において厳しく対峙する。このマックルモアの態度は、安易な白黒二元論に引き裂かれた現代の言説空間において、極めて稀有な倫理的成熟を示している。
なぜ「フリー・パレスチナ」という言葉はこれほどまでに摩擦を生むのか。そして、表現に携わる者は、圧倒的な暴力の前にいかにして言葉を紡ぐべきなのか。この問題は、一握りのアーティストの諍いにとどまらず、私たちが生きる社会の「人間性」そのものを試すリトマス試験紙である。
言葉が生まれる場所――78年の断絶、ナクバから続く「ジェノサイド」の現認
この問題を語るにあたり、まず「フリー・パレスチナ(Free Palestine)」という言葉がどこから生まれ、何を背負わされているのかという歴史的事実を正確に直視しなければならない。この言葉は、昨今のアメリカの大学キャンパスやSNSで突如として流行した軽薄な政治スローガンではない。
1948年のイスラエル建国に伴い、70万人以上のパレスチナ先住アラブ人が故郷を追われ、難民となった「ナクバ(大破局)」から起算して、すでに78年もの歳月が流れている。1967年以降、ヨルダン川西岸地区とガザ地区は国際法違反の軍事占領下に置かれ、とりわけガザ地区は2007年以降、周囲を高い壁と検問所で囲まれ、物資・燃料・電気・移動の自由を極限まで奪われた「天井のない監獄」へと変貌させられた。
2023年秋以降に激化した軍事行動において、ガザで起きている現実は、対等な二国間の「戦争」ではない。避難場所すら奪われた200万人以上の封鎖住民に対し、近代兵器を無差別に撃ち込み、学校、病院、難民キャンプ、水インフラを徹底的に破壊し、人為的な飢餓を作り出す――国際司法機関の定義に照らしても、これは明白なジェノサイド(集団殺害)である。
現に、国際刑事裁判所(ICC)は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相および国防相(当時)に対し、民間人の意図的な飢餓や殺傷といった「戦争犯罪および人道に対する罪」の容疑で逮捕状を発付している。国際司法裁判所(ICJ)もまた、イスラエルの行為がジェノサイド条約に抵触し得るリスクを認定し、軍事行動の停止を命じる暫定措置を重ねて発出した。
「フリー・パレスチナ」とは、国家間の領土争いのための合言葉ではない。78年間にわたり存在そのものを抹消され続けてきた人々が、最低限の呼吸を取り戻し、家族とともに生き、尊厳を回復することを求める「生存の詩」であり、「生の叫び」そのものなのである。
マックルモアが解体した「中立」の欺瞞――反戦から「非戦」の実践へ
マックルモアの声明が白眉であるのは、パレスチナ支持を表明する際に必ず投げかけられる悪意に満ちた言説の構造を、極めて精緻に解体してみせた点にある。
「反ユダヤ主義は実在する。だからこそ、“反ユダヤ主義”という言葉は非常に重要で、イスラエル国家への批判に対する盾として使われるべきものでは無い。イスラエルを批判すること、シオニズムに反対すること、あるいは『Free Palestine』と言うことを、ユダヤ人への憎悪と同一視することは、ユダヤ人を守ることにはならない。ただ、イスラエルを説明責任から守るだけだ」
この論理は明晰を極めている。ホロコーストの歴史を引くまでもなく、ユダヤ人に対する差別や憎悪(反ユダヤ主義)は断固として糾弾され、根絶されなければならない。だが、その痛切な歴史の重みを、現に行われている国家の軍事暴虐や虐殺行為に対する批判を封じ込めるための「免責の盾」としてすり替えることは、倫理の完全な転倒である。
国家の犯罪を批判することと、その民族や宗教を信仰する人々を憎悪することは全く別の次元に属する。イスラエル政府の責任を追及することを「反ユダヤ主義」と短絡的に同一視する言説は、ユダヤ人の尊厳を守るためではなく、国家権力を国際法上の説明責任から逃亡させるための欺瞞に過ぎない。
ここでマックルモアが提示しているのは、単に争いを好まないという意味での素朴な「反戦」ではない。いかなる殺戮システムにも、沈黙や「事なかれ主義」によって加担することを拒絶する「非戦」の思想的実践である。
圧倒的な軍事力を持つ抑圧者と、逃げ場を塞がれた被抑圧者が存在する現場において、「中立」を装うことは客観性を保つことではない。それは、構造的に強者の暴力を追認し、現状の虐殺を放置する共犯関係に身を置くことに等しい。
マックルモアは自身の行動についてこう語った。
「義務。勇気でも無い。人間であること」
目の前で子どもたちが瓦礫に埋もれ、飢えに喘いでいるとき、声を上げることは英雄的なヒロイズムではない。ただ人間としての最低限の痛覚を保ち、麻痺した世界に対して「人間であること」を放棄しないための、避けられない応答なのだ。
エド・シーランの苦悩と、対話を閉じない作法
一方で、マックルモアはエド・シーランという一人の人間を切り捨てない。
エド・シーランは、マックルモアがツアーを去った後のステージ上で観客に向かってこう語った。
「政治ではなく人間性を大切にしてほしいけれど、これは人道上の問題だ」
巨大なグローバル資本が蠢き、無数のスポンサーやプロモーターが介在するメガツアーの頂点において、アーティストにかかる圧力は想像を絶するものがある。「誰も傷つけたくない」「音楽で人々を団結させたい」というエドの長年のスタンスは、平時においては美徳であったかもしれない。しかし、ジェノサイドが進行する極限の状況下では、その「いつものノンポリ姿勢」そのものが激しく揺さぶられ、彼を追い詰めることになった。
この件を受けて、「エド・シーランは人道に背いた」「商業主義に魂を売った」と短絡的に断罪し、彼の人格そのものをキャンセルしようとする声は少なくない。しかし、マックルモアの視線はそこには向かっていない。
マックルモアは、エドとの友情を維持したいと願い、エドがこれからも「『中立とは何か』を思い悩み続けることを願う」と記した。
「相手を批判すること」と「相手を敵にすること」は、明確に異なる。相手の過ちや認識の甘さを厳しく突きつけることと、相手の全人格を否定して言論空間から抹殺することは同じではない。断絶の塹壕を掘るのではなく、迷いや葛藤を引き受ける痛みの現場に相手をとどまらせ、対話の回路を開き続けること。これこそが、暴力の連鎖を止めるための表現者の作法である。
なお、ブラジルのエド・シーラン公式ファン・ポータルが、歌手をめぐる最近の論争について声明を発表している。
「まず最初に、主なポイントを強調したいと思います:イスラエルによるパレスチナへのジェノサイドは、絶対に止めなければなりません。『パレスチナを解放せよ』と言うのはあまりにも簡単で、ありふれたことにさえ思えます。それは人間性の最低限の要求です。反ユダヤ主義者になるということではなく、ただ人間であるということです。まさにその理由で、愛するアーティストが、せめて言葉による立場表明すらできないというのは、非常に失望しています(彼にはもっと多くのことをできるはずなのに)。Info Ed Sheeran Brasilは、マックルモアに連帯します。彼は自分の原則に忠実であり、ある一つの人口全体の命と自由を守るために攻撃と報復を受けています。『Loop Tour』のアメリカ公演から彼が排除されたことに対して、心から残念に思います。それは資本主義者たちの圧力、スタジアム所有者たちがラッパーの公演を禁止したこと、そしてエド・シーラン自身の臆病さによるものです。これらの批判は正当であり、私たちはそれを支持します。このような状況から、『Loop Tour』の米国公演の残りについては、報道を行いません。ラテンアメリカ公演までに、エドが教育を受け、謝罪し、この中立的な立場——それは結局のところ、強い側への支持に他ならない——を捨て去ることを期待しています。」
日本の表現者たちに流れる「非戦の血脈」――忌野清志郎の直情、谷川俊太郎の痛覚
このマックルモアの声明と「フリー・パレスチナ」を巡る問いは、遠い海の向こうの出来事ではない。日本の表現の歴史を振り返るとき、私たちはそこに全く同じ葛藤と闘ってきた偉大な先人たちの姿を見出すことができる。
忌野清志郎の「生活者の非戦」
もし、いま忌野清志郎が生きていたら、この事態をどう言葉にしただろうか。
清志郎はかつて、「政治的な歌は歌わない」という音楽業界の事なかれ主義や、お行儀の良い中立を誰よりも激しく笑い飛ばした。『サマータイム・ブルース』や『ラブ・ミー・テンダー』が発売禁止の憂き目に遭おうとも、彼は一切怯まなかった。
「何言ってんだよ、原子力も戦争も、政治の問題じゃねえだろ。俺たちの命と生活の問題じゃねえか」
清志郎が貫いたのは、難解なイデオロギーや党派性ではない。「危ないから触るな」「波風を立てるな」という空気の支配を打ち破り、生活者の生々しい実感から「ふざけんじゃねえ、子どもたちを殺すな」と権力の横暴を真っ向から撃ち抜くロックの倫理であった。
もし清志郎がマックルモアの声明を読めば、エドとの対話を保ちつつ「虐殺に中立なんてねえんだよ」と言い放ったその姿勢に、深く頷いたはずだ。権力に忖度して沈黙することの卑怯さを、彼は自らの肉体と言葉で最も嫌悪した表現者だったからである。
谷川俊太郎の「名もなき個の痛覚」
もし、谷川俊太郎だったら、この事態をどのような詩に留めただろうか。
谷川俊太郎が生涯を通じて警戒し続けたのは、国家や組織が振りかざす「巨大な正義の言葉」であった。正義を叫ぶ言葉が、いかに容易に他者を排除し、生身の人間の痛覚を麻痺させていくかを、彼は誰よりも深く知っていた。
谷川の言葉は、決して統計やイデオロギーには還元されない。「名もなき一人の子どもが流す涙の冷たさ」「瓦礫の下で息絶えていく無名の身体の沈黙」に、どこまでも静かに耳を澄ませる。
「死んだ男の残したものは / ひとりの妻とひとりの子ども / 他には何にも残さなかった / 墓石ひとつ残さなかった」
谷川の詩法は、敵と味方を峻別して断罪するのではなく、境界線の両側にいる人間が本来持っているはずの「脆さ」と「取り返しのつかない命の重み」を露わにする。マックルモアが「勇気でもない。人間であること」と絞り出したその言葉の根底には、谷川が紡ぎ続けた「ひとつの痛みを前にして、人間であることを止められない」という詩的良心の極北と同じものが流れている。
音楽家であれ、演劇人であれ、文学者であれ、あらゆる表現に携わる者にとって、言葉とは保身のための隠れ蓑ではない。巨大な暴力が日常を塗りつぶそうとするとき、沈黙という共犯関係を拒み、傷つけられた他者の現実に自らの言葉を差し出すこと――それこそが表現という営みの根源的な存在理由であるはずだ。
二元論を撃ち抜く言葉――人間性を手放さないために
情報がアルゴリズムによって過激化され、白か黒か、敵か味方かという二元論の塹壕戦が日常化している。そのような時代において、「フリー・パレスチナ」という言葉は、安易なプロパガンダの記号として消費され、あるいは危険思想として漂白されそうになっている。
しかし、私たちはこの言葉を、国家や権力の都合から奪還しなければならない。
「フリー・パレスチナ」とは、78年間にわたり押し込められてきた人間たちが、自らの存在を肯定し、暴力の連鎖を断ち切るために放つ「非戦の祈り」である。そしてマックルモアが示したのは、その叫びを胸に抱きながらも、意見を異にする他者を切り捨てず、共に人間性の現場にとどまり続けるという、極めて困難だが不可欠な表現者の覚悟であった。
問われているのは、遠く離れた中東の地で繰り広げられる惨劇を「対岸の火事」として消費し、賢明を装った「中立」の陰に身を隠すのか。それとも、他者の痛みを自らの痛覚として引き受け、暴力に対して言葉を差し出すのかという選択である。
ジェノサイドの前に中立はない。私たちがこの事態に対してどのような態度を取り、どのような言葉を発するか――それは、パレスチナの人々の尊厳を問うと同時に、この荒れ狂う時代の中で、私たち自身が「人間であり続けられるか」という、引き返すことのできない試練そのものなのである。
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