かつて、日本の音楽が海を渡るということは、極めて自覚的で前衛的な「闘い」だった。

過去に取り上げた武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』(1967年)は、西洋のオーケストラという堅牢な建築物(システム)の中に、尺八と琵琶という異質な「ノイズ」を叩きつけた。

それは、西洋近代が組み上げた音楽に対する、東洋からの痛烈なハッキングであった。

しかし半世紀が過ぎた現在、日本の音楽は全く違う経路で世界を席巻している。

80年代のシティ・ポップがYouTubeのアルゴリズムに乗って海外で数億回再生され、YOASOBIやvaundyらの楽曲がビルボードのグローバルチャートの首位を奪うなど驚くばかりだ。布袋寅泰の『BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY』が、iTunesでのダウンロードランクに日本人楽曲としては初めて記録になった、というようなニュースが遠い昔のことだ。

この変容は、音楽の作られ方・消費され方が変わっただけではない。「資本主義」そのものの構造が、物理世界からデータ空間へと完全に移行したことを如実に物語っている。

アルゴリズムが消費する「80年代の亡霊」

松原みきや竹内まりやに代表される80年代の日本のシティ・ポップが、近年海外で爆発的に消費されている。興味深いのは、リスナーの多くが日本語の歌詞の意味を理解していないことだ。

彼らが消費しているのは、楽曲に込められたメッセージではない。高度経済成長の頂点にあった日本の、ネオンサインやカーオーディオといった「豊かさの記号(ムード)」である。

現代のグローバル資本主義は、かつての局所的なバブルの残滓を純粋な「データ」として抽出し、アルゴリズムの力で世界中のプレイリストへと最適化して配信する。

かつての武満徹が「西洋と東洋の対峙」という文脈(コンテキスト)を重んじたのに対し、現在のデータ資本主義は、あらゆる文脈を剥ぎ取り、ただ「心地よい音響データ」として消費し尽くす。

ここにはもはや、人間的な摩擦や思想の対立は存在しない。

VOCALOIDによる「身体の排除」と極限の効率化

この「音楽のデータ化」を、制作の次元で究極まで推し進めたのがVOCALOIDの発明である。いまにして思えば、音楽の作られ方という点では、大発明であった。未来に、ベートーヴェンがピアノの改良に協力をしたことが語られるのと等しく、YOASOBIや米津玄師がVOCALOIDをいかに活用して曲作りを進めたかという話題が語られてもおかしくない。

これまで音楽(声楽)には「人間の身体」という絶対的な制約があった。

肺活量、声帯の限界、息継ぎの間。しかしVOCALOIDは、ボーカリストから「肉体」というハードウェアを剥奪し、音声を純粋なソフトウェアへと変換した。

息継ぎ(ブレス)を必要とせず、人間には到底発音不可能な高速のBPMで、機械的に跳躍するメロディライン。

これは、現代の金融資本主義の姿と完全に重なる。

物理的な実体(工場や労働者の身体)を切り離し、コンピューター上のアルゴリズムだけでミリ秒単位の高速取引(HFT)を繰り返すマネーゲーム。

VOCALOIDカルチャーの初期において提示されたのは、人間の身体的制約という「摩擦」を完全にゼロにした、極限まで効率化された音楽空間だった。

YOASOBIの衝撃 ―― データ空間に「血肉」を取り戻す闘い

しかし、システムは必ず揺り戻しを起こす。摩擦を無くし、純粋なデータとなった音楽に対して、私たちが現在目撃しているもっともスリリングな現象、それがYOASOBIの大ヒットであった。

コンポーザーのAyaseが作る楽曲は、あきらかにVOCALOID(データ)の文脈で作られている。人間が歌うことを前提としていないかのような、息継ぎのない高速で複雑なメロディ。かつてなら「これは機械にしか歌えない」とされた仕様書(スコア)である。

YOASOBIの凄まじさは、その「人間には不可能なはずのデータ」を、ikuraという生身のボーカリストが、圧倒的な身体的スキルによって「歌い切って見せる」ところにあった。

アルゴリズムとデータによって極限まで最適化された息苦しい空間のなかで、彼女は必死に息を吸い、声帯を震わせ、機械のBPMに人間の「血肉」を叩き込んでいる。

私たちがYOASOBIのパフォーマンスに熱狂するのは、単に曲が良いからだけではない。データ資本主義という巨大なシステムに飲み込まれそうになっている「人間の身体」が、ギリギリのところで機械に反逆し、息をしている(生きている)様を目撃しているからだ。

現代のバックビートは「身体」に宿る

音楽が完全にデータ化され、アルゴリズムによって自動消費される現代において、もはやアコースティックギターをかき鳴らすことだけが反抗ではない。

極限まで最適化・高速化されたシステム(フロントビート)のど真ん中に立ち、それでもなお「人間の肉体が発するノイズ(息遣い、限界、摩擦)」を響かせること。

それこそが、現代の資本主義に対するもっともアクチュアルな問いかけであり、時代を生きるための強烈な「バックビート」なのである。

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