昔話は、子ども向けの物語ではない。
それは、その社会が「正義とは何か」「富をどう分けるか」を、言葉ではなく物語として残した記憶装置だ。
以前扱った「かぐや姫」は、
与えられる富と、引き受けられない責任をめぐる物語だった。
では、「正義」を掲げて鬼を討った桃太郎は、
何を勝ち取り、誰に、どう分配したのか。
日本の昔話を手がかりに、
正義・分配・共同体の設計を読み解きながら、
母性経済革命という視点から、
いま私たちが立ち返るべき「経済以前の問い」を考えていく。
桃太郎は、なぜ「いきなり戦わされた」のか

桃太郎は、ある日突然現れる。
- 努力して生まれたわけではない
- 計画されて育てられたわけでもない
拾われて、育てられ、
気づけばこう言われる。
「鬼退治に行ってこい」
本人の意思は、ほとんど描かれない。
これは、
社会が若者に期待を押し付ける構図
そのものだ。
父性経済は、
「能力があるなら、使え」
と考える。
きびだんごは「報酬」ではなく「燃料」だった
旅立ちのとき、
おばあさんはきびだんごを持たせる。
ここが重要だ。
- 成果報酬ではない
- 条件付きでもない
ただ、
「行くなら、これを持っていきなさい」
という無条件支援だ。
母性経済の基本単位は、
見返りを求めない初期投資である。
仲間集めは「能力主義」ではなかった
犬・猿・雉は、
- 面接されない
- スキルチェックもない
- 実績も問われない
ただ、
きびだんごを分け合う
それだけで仲間になる。
これは契約ではない。
関係性の成立
だ。
母性経済は、
人を「役に立つか」で選ばない。
鬼ヶ島=父性経済の極端な姿
鬼ヶ島は何か?
- 富を独占
- 力で支配
- 恐怖による秩序
これは、
暴力を背景にした父性経済だ。
桃太郎の鬼退治は、
正義の戦争ではない。
収奪システムの破壊
である。
宝は「成功の証」ではなかった
鬼を倒し、
宝を持ち帰る。
ここで物語は終わる。
だが、その後、
- 桃太郎が支配者になった描写はない
- 富を独占した様子もない
宝は、
地域に戻される
これは重要だ。
成果は個人に帰属せず、
共同体に循環する。
桃太郎とは「勝ち続ける存在」ではない
桃太郎は一度きりの英雄だ。
- 次の鬼退治は描かれない
- 権力者にもならない
- 成長神話もない
これは、
成果を固定化しない設計
母性経済では、
- 勝利は一時的
- 地位は流動的
- 役割は循環する
桃太郎が教えてくれる、母性経済革命
まとめよう。
桃太郎の物語は、
- 努力礼賛でも
- 成功哲学でも
- 能力主義でもない
本質はこれだ。
力を集中させず、
成果を分配し、
英雄を固定化しない
母性経済革命とは、
- 正義を振りかざさない
- 勝者を神格化しない
- 失敗者を切り捨てない
そんな社会システムの設計だ。
桃太郎を「卒業」する時代へ
現代社会は、
桃太郎を量産しようとする。
- 早く育て
- 戦わせ
- 勝たせ
- 消耗させる
だが、
本当に必要なのは違う。
鬼退治を前提にしない社会
母性経済革命は、
- 戦わせない
- 追い込まない
- 成果を独占させない
という方向への
構造的な転換だ。
桃太郎は、
「こう生きろ」ではなく、
「ここから先は別の物語が必要だ」
と語っている。


