近代日本の出発点である明治維新は、
「革命」と呼ばれることが多い。
だが実態は、
国家の急造であり、社会の強制的な再編だった。
それは輝かしい物語であると同時に、
大量の「行き場を失った人間」を生み出した出来事でもある。
そもそも、明治維新は「勝者の物語」として整理されすぎている

教科書的な明治維新像は明快だ。
- 幕藩体制が崩れ
- 近代国家が誕生し
- 日本は列強に追いついた
だがこの整理は、
あまりにも機能主義的だ。
維新は、制度の更新としては成功した。
しかし、社会としては激しい断層を生んだ。
身分が消え、役割が消え、誇りだけが残った人々
廃藩置県、秩禄処分、四民平等。
これらは「平等化」の名のもとに行われたが、
実際にはこういう事態を生んだ。
- 旧支配層は権力を失う
- だが新体制での役割は与えられない
- 生活能力とプライドの間にズレが生じる
これが、いわゆる不平士族である。
重要なのは、
彼らが「無能だったから脱落した」のではないことだ。
制度が変わる速度に対して、
人間の再配置が追いつかなかった
それだけの話である。
だから、征韓論という「社会的排出口」が必要だと言った
西郷隆盛をはじめとする征韓論者は、
単なる好戦的思想家ではない。
彼らは、
- 行き場を失った旧武士層
- 新国家に居場所を持てなかったエネルギー
を、
外部に放出する装置として征韓論を構想した。
征韓論は思想ではなく、
社会設計の代替案だった。
福澤諭吉の冷酷な合理性
福澤諭吉は、この点で一貫して冷たい。
彼は不平士族に同情しない。
なぜなら福澤の関心は、
- 個人の感情ではなく
- 国家の成立条件
にあったからだ。
近代国家を成立させるには、
- 過去への郷愁を断ち
- 旧来の誇りを切り捨て
- 能力主義へ移行する
必要がある。
福澤はそれを引き受けた。
正しかった。
同時に、犠牲を前提とした思想でもあった。
丸山眞男が見た「敗者の行方」
丸山眞男は、
明治維新を「成功物語」としては読まなかった。
彼が問題にしたのは、
敗者が、反省主体として残らなかったこと
である。
敗者は、
- 思想として継承されず
- 社会的に吸収もされず
- ただ消えていった
その結果、
日本では「敗北の内面化」が起こらなかった。
近代日本の構造的問題
ここで重要なのは、
明治維新以降の日本は、
敗者を「回復」させる設計を持たなかった
という点だ。
- 勝者は物語化され
- 敗者は忘却される
これは、
戦前・戦後を通じて繰り返される日本のパターンになる。
そして現代へ:SNS時代の「新・不平士族」
現代のようなSNS社会において、
- 声はある
- 情報もある
- だが実感のある参加はない
という人々が増えている。
彼らは、
- 政治を語る
- 正義を語る
- しかし生活は変わらない
この構図は、
明治初期の不平士族と驚くほど似ているのではないか。
時代の変わり目に何が問われるのか、を必死に
明治維新は、
日本に近代をもたらした。
同時に、
「時代に取り残された人間を、
どう扱うか」という問いを未解決のまま残した
そしてその問いは、
形を変えて現代に戻ってきている。
制度が変わるとき、
必ず人が余る。
その人々を、
- 敵にするのか
- 排除するのか
- 回復させるのか
ここに、
これからの社会の成熟度がかかっている。

