このシリーズでは、私たちは国家や同調圧力といった巨大なシステム(OS)がいかに個人の自律を奪うかを測量してきた。しかし、現代社会において私たちが最も無自覚に、かつ絶対的に依存している究極のプラットフォームが存在する。それは「貨幣(資本主義)」というOSである。

では、この極めて強固な経済のソースコードを根底から書き換えようとした2つの巨大な知性と、現代のテクノロジーが陥った決定的な挫折について考察したい。

ミヒャエル・エンデが見抜いた「老化しない」というバグ

『モモ』や『はてしない物語』で知られるミヒャエル・エンデは、晩年のドキュメンタリー『エンデの遺言』において、現在の貨幣システムが抱える最大のバグを極めて鋭利に指摘した。

それは「お金は老化しない(腐らない)」という事実である。

自然界のあらゆるものは、時間とともに劣化し、土に還り、再び別の生命へと循環していく(母性経済の原理)。しかし、現在の貨幣だけは時間が経っても朽ちることはなく、それどころか「利子」を生み出し、無限に自己増殖していく。

この「腐らない」という特質こそが、一部の巨大なプラットフォーマーに富を吸い上げさせ、人間から際限なく時間を搾取し続ける「収奪のOS」の正体である。

エンデは、シルビオ・ゲゼルが提唱した「老化する貨幣(時間とともに価値が減価するお金)」の思想を引き、富の偏在を防ぎ、血液のように社会を循環し続けるためのオルタナティブな経済のアーキテクチャを希求した。

柄谷行人と「交換様式D」の実装図

この問題を、さらに精緻な社会構造の歴史として解き明かしたのが、柄谷行人の「交換様式」の理論である。

彼は人類の歴史を、A(ムラの互酬性・贈与と返礼)、B(国家による略取と再分配)、C(資本主義による貨幣交換)という3つのシステムで定義した。

そして、現在の私たちが取り込まれている「国家と資本(BとC)の結合」という巨大なOSを乗り越えるための次元として、「交換様式D」を提示した。

交換様式Dとは、国家や資本から自律しつつ、かつての閉鎖的なムラ社会(同調圧力や馴れ合い)にも退行しない、高次元で回復された互酬性のアソシエーションである。

これは単なる哲学的なユートピア論ではない。特定の権威に依存せず、個人が自律したまま繋がり合うための、極めて実践的な「新しい社会設計(ビバリウム)」のブループリントなのだ。

なぜブロックチェーンは社会の期待に応えられなかったのか

そして現代。国家の中央銀行(様式B)をバイパスし、中央管理者のいないP2Pネットワークで価値を直接交換(様式Aの高次元化)できる「ブロックチェーン(暗号資産)」の登場は、まさにテクノロジーによる「交換様式D」の物理的な実装になるはずであった。

しかし、現実はどうだ。それは瞬く間に投機と蓄積の対象となり、もっとも欲望に忠実な「交換様式C(純粋なハイパー資本主義)」の極北へとあっさり回収されてしまった。

なぜブロックチェーンは社会の期待に応えられなかったのか。

答えは残酷なほどシンプルだ。技術(システム)をどれほど非中央集権的に分散化させようとも、それを使う人間の側のOS(無限の蓄積を是とし、他者より優位に立とうとする価値観)が全く書き換わっていなかったからである。

テクノロジーに「母性」を実装する

私たちは、システムだけを変えれば世界が変わるという技術決定論の甘い幻想からログアウトしなければならない。

次代の社会設計において真に問われているのは、ブロックチェーンのような非中央集権の技術(父性的なテクノロジー)の上に、エンデが説いたような「循環とケア」、すなわち血のように巡り、必要以上に蓄積されない「母性経済」のルールをどう実装するかである。

テクノロジーはあくまで道具(インフラ)に過ぎない。その上でどのようなビートを鳴らすのか。

私たちは今、自らの足元でそのソースコードを書き直すことを迫られている。

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