―― なぜ日本は「オープンソース的社会」になれなかったのか、そしてなぜ“なれる”のか
そもそも日本社会は本来「母性経済的」だった

まず逆説から始めます。
日本社会は、
思想としては最初から母性経済に近かった。
- 村落共同体
- 講(相互扶助)
- 頼母子講・結
- 盆・祭りという循環儀礼
- 家制度における「継ぐ」意識
これらはすべて、
- 所有より使用
- 勝敗より持続
- 個より関係
- 断絶より回復
を優先する構造です。
つまり日本は、
資本主義以前に、
すでに“オープンソース的社会”を生きていた
国だった。
それなのに「共有」が近代で歪んだ理由
ではなぜ、
現代日本は息苦しいのか。
理由は明確です。
① 共有が「空気」になった
ルールが明文化されず、
逸脱が許されない。
② 排除が「黙殺」になった
オープンな拒否ではなく、
静かな村八分。
③ フォーク(分岐)を許さなかった
出る杭は打たれ、
別ルートを許容しなかった。
これはオープンソースと決定的に違う点です。
オープンソースは、
合わなければ、分岐せよ
日本社会は、
合わなければ、消えろ
になってしまった。
戦後日本は「管理社会」を選んだ
転換点は戦後です。
- 高度経済成長
- 終身雇用
- 年功序列
- 偏差値教育
- 官僚主導
これは合理的な選択でした。
「皆を食わせる」ための父性経済
しかしその代償として、
- 失敗の不可逆化
- キャリアの単線化
- 空気への過剰適応
- 自己責任化
が進行した。
母性経済的土壌の上に、
強力な管理レイヤーを被せた結果、
柔らかい共同体 × 硬い制度
= 最も逃げ場のない社会
が生まれた。
そうは言いながら、日本人は「共有」が得意だ
重要なのはここです。
日本社会は壊れきっていない。
むしろ、
- 同人文化
- 二次創作
- コミケ
- ニコニコ動画
- MMD文化
- ボーカロイド
- 職人の暗黙知共有
- 現場の改善(カイゼン)
これらはすべて、
中央管理なき価値創造
オープンソースとほぼ同型です。
しかも、
- 金銭報酬が主目的ではない
- 承認と継承がモチベーション
- 改変・引用が前提
まさに母性経済の実例。
日本人はできないのではない。
制度がそれを殺してきただけだ。
なぜ日本はITで遅れ、文化で勝つのか
ここに決定的な矛盾があります。
- IT・プラットフォーム:遅れた
- アニメ・漫画・ゲーム:世界制覇
理由は単純です。
IT
→ 管理・正解・失敗不可
文化
→ 試行錯誤・失敗許容・分岐歓迎
文化の世界では、
日本人の母性経済的資質が
制度に潰されなかった。
だから、
日本のコンテンツは
国内より先に世界で評価される
母性経済革命は「日本の再発見」である
母性経済革命は、
- 新しい輸入思想ではない
- 西洋批判でもない
- 反資本主義でもない
それは、
日本社会が
かつて持っていた知恵を
現代制度に翻訳する作業
である。
オープンソースはその翻訳例を、
ITの世界で先に示した。
今度は、
- 雇用
- 教育
- 医療
- 福祉
- 地域
- 企業評価
に展開する番だ。
AI時代、日本は再び有利になる
最後に未来の話をします。
AI時代に重要なのは、
- 文脈理解
- 曖昧さ
- 空気
- 関係性
- 暗黙知
これらは、
日本社会が過剰に鍛えてきた能力です。
問題は、
それを「管理」に使うか
「回復」に使うか
母性経済革命は、
AIを管理装置ではなく、
人間関係を補助する技術
として位置づける。
これは、日本が最も得意な道です。
日本は「最初から正解を持っていた」
日本社会は、
- オープンソースになり損ねた社会
- しかし、オープンソースの素養を失っていない社会
母性経済革命とは、
日本を“変える”ことではない
日本を“思い出す”ことだ
管理をやめ、
回復を許し、
分岐を祝福する。
それだけで、日本は再起動する。


