――縮小する社会における、母性経済革命のリアル
現在の日本社会には、
「元気になる材料」が極端に少ない。
経済成長の物語は失速し、
人口は減り、
未来を語る言葉は慎重になりすぎた。あるいは、ただ単に間抜けだった。
多くの人が、
何かが始まることよりも、
何かが終わらないことを願っている。
そうした空気の中で起きたのが、
『no no girls』というイベントであり、
そこから誕生したHANAの躍進だった。
※ 一番好きな曲にて「Blue Jeans」
これは「成功物語」ではない
まず強調したいのは、
この出来事が
単なる「デビュー成功」や
「アイドル誕生」の話ではない、
という点だ。
『no no girls』(ノノガ)は、
- 勝ち抜くための場
- 才能をふるいにかける場
ではなかった。
むしろ、
排除されてきた可能性を、
一度すべて肯定する場
だった。
ここに、
これまでの日本的成功モデルとの
決定的な違いがある。
「元気がない国」で起きたという意味
現在の日本は、
誰かが明確に失敗しているわけではない。
だが、
- 余白がない
- 挑戦が怖い
- 失敗が重い
そういう空気が社会全体を覆っている。
『no no girls』(ノノガ)は、
この空気に対して、
「まず、否定しない」
という態度を示した。
あるいは、これまで「自分自身を否定してきた」ということの否定を大きく打ち出した。
それは、
精神論ではない。
社会が縮小する局面で、
もっとも現実的な選択だった。
経済縮小期における「育てる」という選択
成長期の経済は、
「選別」が合理的だった。
だが、
縮小期の経済では違う。
- 人材は限られる
- チャンスは希少
- 失敗は致命傷になりやすい
この状況で、
切り捨てることは、
自ら資源を減らす行為
になる。
『no no girls』(ノノガ)が選んだのは、
- 即戦力を探すことではなく
- 完成形を求めることでもなく
育つプロセスそのものを
社会に開くこと
だった。
これは、
母性経済的な判断である。
(あらかじめ記しておく。若者たちへ、分析はいらないと言わず最後まで読んでね! 今回のホールツアーにはぼくも必ず参加するんで)
HANAの躍進が示した「世界に通じる条件」
※ノノガ・ファイナル(再生開始位置はJISOOの『I’m not OK』です。この曲に限らず、実は何度も泣けた、泣いた)
HANAが評価されているのは、
単に技術が高いからではない。
- 完成しきっていないこと
- 物語を背負っていること
- 透明性があること
これらは、
現在の世界が求めている条件でもある。
世界は、
「勝ち続ける強者」よりも、
どこから来て、
どう育ったか
に価値を見出している。
男女差の話をしなくても、これは語れる
この流れを、
男女差の問題として
回収する必要はない。
重要なのは、
- 否定されないこと
- 育つ時間が許されること
- 失敗しても戻れること
これらが、
人間一般に必要な条件だという点だ。
母性経済革命とは、
「女性のための経済」ではない。
人が縮小社会を生き延びるための
経済設計
である。ただし、縮小が正しい選択であるとは言っていない。
だから、なぜ、これが「希望」になりうるのか
日本社会では、
- 大きな成長の物語が語れない
- 国家レベルの成功譚が描きにくい
その中で、
『no no girls』(ノノガ)と HANA は、
「小さく始まり、
しかし世界へ届く」
という希望を提示した。
これは、
現在の日本にとって
極めて現実的な希望だ。
もちろんすでに幾つもの前例がある。ただ、その過程がまったく違うところに少し違った意味があるのではないか、とも思う。
母性経済革命との接続点
- 排除しない
- 早く結論を出さない
- プロセスを価値にする
という設計が、
結果として、
世界で戦える表現を生む
という事実こそ、HANAというグループの大きな価値なのではないか。
母性経済革命は、
理想論ではない。
すでに、
文化の現場で
実証され始めているものだ。
元気がない国で、もっとも現実的な革命が始まっている
『no no girls』(ノノガ)と HANA は、
日本社会が置かれた現実に対する
もっとも冷静で、もっとも前向きな回答だった。
- 成長を無理に演出しない
- 排除で効率化しない
- しかし世界は目指す
この態度こそが、
母性経済革命の実像である。
革命は、
叫ばれない。
だが、
人が少し元気になる。
その連鎖の中で、
社会は確実に変わっていく。
こういう話題を発すると、彼女たちには重荷なのかもしれないが、
すでに彼女たちは大きな荷物を背負っている。
その重さごと世界に羽ばたけ!
なんだったら、ヨーロッパツアーも観に行くぞ。
もう一つ、追記をしておくと、
そもそも半年以上前に
『no no girls』(ノノガ)観たら、
と娘から進められていたのだけど、
まったくそれに反応をしていなかった。だけど、
今回の紅白出場のニュースで、それなんだっけ?
となり、改めて『no no girls』(ノノガ)を観た次第。
みんな、ごめんね、知らなくて。ただ、紅白はやはり偉大だった。31日は正座して観ます。呑むけど。

