――回避の心理、テックの合理性、そして母性経済革命

SNSで繰り返される罵り合い。
政治的立場、ジェンダー、国籍、思想。

だが、そこで行われている多くの衝突は、
本質的には「思想の対立」ではない。

精神的な痛みから逃げるための行動――
心理学的に言えば「回避(エスケープ)」である。

「他責」という名の精神安定剤

人は、自分の人生がうまくいかないとき、
二つの選択肢を持つ。

  • 自分の状況と向き合う
  • 原因を外部に押し付ける

後者は、圧倒的に楽だ。

かつての日本社会は、
「自分たちが悪かった」という
自虐史観に傾いていた。

だが現在は、
明確に振り子が逆へ振れている。

「あいつらが悪い」
という他責の時代

ネトウヨも、
過激なフェミニズムも、
構造は同じだ。

  • 人生の不全感
  • 報われなさ
  • 孤立感

これらを直視する代わりに、
分かりやすい敵を作り、叩く。

それは正義ではない。
自己防衛としての攻撃である。

これは「思想」ではなく「精神病理」だ

精神分析の言葉で言えば、
これは「回避」である。

  • 問題そのものに向き合わない
  • 苦痛の原因を別の場所へ移す
  • 一時的な快楽や優越感で紛らわす

SNSは、この回避を
極端に効率化した。

  • 即座に敵が見つかる
  • 仲間ができる
  • 承認が得られる

だが当然、
人生は何も改善しない。

政治参加が社会を壊す瞬間

ここで一つ、
不都合な真実がある。

自分の不幸に向き合えていない人間が
政治に大量参加すると、
社会は歪む。

これは倫理の問題ではない。
構造の問題だ。

怒りや不満を処理できないまま、
政治的言語を手に入れると、

  • 単純化
  • 敵味方二分
  • 排除

が加速する。

ピーター・ティールの「冷酷な合理性」

ここで登場するのが、
シリコンバレーの思想家
ピーター・ティールだ。

彼は、この状況を
感情ではなく「システム」として見ている。

彼の発想は、背筋が凍るほど合理的だ。

「政治に参加させるな」
「ベーシックインカムを与えろ」
「VRとドラッグで満足させろ」

要するに、

  • 現実に関与させない
  • 仮想的な幸福で包む
  • 社会から隔離する

これは救済ではない。
管理であり、飼育である。

テックが作る「偽物の幸福」

SNS、VR、娯楽、ドラッグ。

これらはすべて、
痛みを忘れさせる装置だ。

だが忘れさせるだけで、
人生を立て直してはくれない。

ピーター・ティールの構想は、
社会の安定には寄与する。

だがそこにあるのは、

生きているが、
生きてはいない人間

の量産だ。

「思想」より「生活」に戻れ

ここで必要なのは、
新しい思想ではない。

生活である。

  • 誰かに必要とされる
  • 誰かを頼る
  • 失敗しても戻れる場所

これらは、
どんな政治理論よりも
人を現実に引き戻す。

ネット上の言語ゲームで
どれだけ勝っても、

  • 仕事は良くならない
  • 人間関係は回復しない
  • 孤独は消えない

母性経済革命が示す、別の道

母性経済革命は、
このディストピアに対する
唯一の対抗構想である。

それは、

  • 管理しない
  • 排除しない
  • 仮想幸福で誤魔化さない

代わりに、

育てる
支える
失敗を許す
関係を編み直す

経済である。

「救う」のではなく「戻す」

母性経済革命は、
人を救済しない。

人を現実へ戻す。

  • 思想から生活へ
  • 言語から関係性へ
  • 怒りから手触りへ

それができたとき、
SNSの罵り合いは
自然に力を失う。

ディストピアは、すでに設計されている

ピーター・ティール的な世界は、
もう目の前にある。

だがそれは、
唯一の未来ではない。

母性経済革命とは、

人間を
管理対象ではなく
関係の存在として
再び扱う試み

である。

思想を戦わせる前に、
生活を取り戻せ。

そこからしか、
本当の社会再建は始まらない。