近代日本の出発点である明治維新は、
「革命」と呼ばれることが多い。

だが実態は、
国家の急造であり、社会の強制的な再編だった。

それは輝かしい物語であると同時に、
大量の「行き場を失った人間」を生み出した出来事でもある。


そもそも、明治維新は「勝者の物語」として整理されすぎている

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%A2%E3%83%88

教科書的な明治維新像は明快だ。

  • 幕藩体制が崩れ
  • 近代国家が誕生し
  • 日本は列強に追いついた

だがこの整理は、
あまりにも機能主義的だ。

維新は、制度の更新としては成功した。
しかし、社会としては激しい断層を生んだ。

身分が消え、役割が消え、誇りだけが残った人々

廃藩置県、秩禄処分、四民平等。

これらは「平等化」の名のもとに行われたが、
実際にはこういう事態を生んだ。

  • 旧支配層は権力を失う
  • だが新体制での役割は与えられない
  • 生活能力とプライドの間にズレが生じる

これが、いわゆる不平士族である。

重要なのは、
彼らが「無能だったから脱落した」のではないことだ。

制度が変わる速度に対して、
人間の再配置が追いつかなかった

それだけの話である。

だから、征韓論という「社会的排出口」が必要だと言った

西郷隆盛をはじめとする征韓論者は、
単なる好戦的思想家ではない。

彼らは、

  • 行き場を失った旧武士層
  • 新国家に居場所を持てなかったエネルギー

を、
外部に放出する装置として征韓論を構想した。

征韓論は思想ではなく、
社会設計の代替案だった。

福澤諭吉の冷酷な合理性

福澤諭吉は、この点で一貫して冷たい。

彼は不平士族に同情しない。

なぜなら福澤の関心は、

  • 個人の感情ではなく
  • 国家の成立条件

にあったからだ。

近代国家を成立させるには、

  • 過去への郷愁を断ち
  • 旧来の誇りを切り捨て
  • 能力主義へ移行する

必要がある。

福澤はそれを引き受けた。
正しかった。
同時に、犠牲を前提とした思想でもあった。

丸山眞男が見た「敗者の行方」

丸山眞男は、
明治維新を「成功物語」としては読まなかった。

彼が問題にしたのは、

敗者が、反省主体として残らなかったこと

である。

敗者は、

  • 思想として継承されず
  • 社会的に吸収もされず
  • ただ消えていった

その結果、
日本では「敗北の内面化」が起こらなかった。

近代日本の構造的問題

ここで重要なのは、

明治維新以降の日本は、
敗者を「回復」させる設計を持たなかった

という点だ。

  • 勝者は物語化され
  • 敗者は忘却される

これは、
戦前・戦後を通じて繰り返される日本のパターンになる。

そして現代へ:SNS時代の「新・不平士族」

現代のようなSNS社会において、

  • 声はある
  • 情報もある
  • だが実感のある参加はない

という人々が増えている。

彼らは、

  • 政治を語る
  • 正義を語る
  • しかし生活は変わらない

この構図は、
明治初期の不平士族と驚くほど似ているのではないか。

時代の変わり目に何が問われるのか、を必死に

明治維新は、
日本に近代をもたらした。

同時に、

「時代に取り残された人間を、
どう扱うか」という問いを未解決のまま残した

そしてその問いは、
形を変えて現代に戻ってきている。

制度が変わるとき、
必ず人が余る。

その人々を、

  • 敵にするのか
  • 排除するのか
  • 回復させるのか

ここに、
これからの社会の成熟度がかかっている。